女の城

会社の近くの小さな飲み屋はランチが美味しくてよく立ち寄ります。70歳になろうかというお母さんが一人でやっています。料理はすべて手作りでお腹いっぱい食べさせてくれます。おかずを大盛りサービスしてくれることもあります。客は50代のサラリーマンが多い。

自分は大概その日の最初の客となります。会社に行く時間から、そうなることが多いのです。あるとき、その日いつものように最初の客として食事をしていると30代の女性のお客さんが入ってきました。すると途端にお母さんの表情が曇りました。表情が曇るお母さんは初めて見ました。どうしたんだろうと考えていたら、思い出したことがあります。

自宅近くの小さい居酒屋。70歳前後の夫婦がやっています。妻と二人でその店に飲みに行った帰り道、妻が言います。「あの店の女将さんは私を睨むように見ていた」というのです。自分はまったく気づきませんでした。「自分の店に女が来るのが嫌なのよ」

妻がいうには、自分の旦那が女性客を気にかける心配をしているのだという。ご主人にはチラチラ見られてたの?と聞くと、「全然。ご主人はわたしのことなんか気にもしていないのに、女将さんが一人気にしてる」らしい。

自分で言うのもなんだが、確かに妻は綺麗な方だと思う。仮にご主人が気にしたとしてもおかしくはない。おそらく20代そこそこの女性客だったら、そんな心配はしないのだろうが、妻の年齢がそこそこだったから、女将さんは意識したのだろう。女将さんの勝手で余計なとり越し苦労ということになるのだが、歳をとっても女はいつまでも女なのである。やっかいなのは、そこが店だからである。こちらとしては食事しに行くだけの店ではあるが、女将さんにとっては自分の城である。女王としての城の領内に立ち入ってほしくない客もいるのだ。

そんなことを考えていた。そういえば自分は飲み屋のお母さんには贔屓されていたかもしれない。おかずを大盛りにしてくれるのも、その笑顔も、他のお客さんよりサービスが良かった気がする。お母さんとしては、僕と二人きりでいる時に客が入ってきた、それも女だった。なんか邪魔されたような気になったのではないか、とふと思った。やはりここもお母さんの城であり女王なのだ。考えすぎだろうか?

嫌なものを見てしまったような気がした。贔屓してくれるのは有難いが、女として意識していないお母さんが女を出しているのだ。熟年女性がみっともないと言うのではありません。逆に熟年から性を謳歌するのは良いことだと思っています。僕が言いたいのは、食事するだけの店では余計だということです。キャバクラじゃないんだから。誰に対してもいつもニコニコしているだけでいいのに。

それから少しずつ足が遠のいてしまうことになる。久しぶりに行くと「最近来なかったじゃない。気になってたのよ」とか言われ、よけいにまた行きづらくなる。美味しいお店だから行き続けたいのに・・・

この記事を書いた人

A.T.のアバター A.T. 監督・プロデューサー

たかつき あきら 1982年中央大学文学部卒
宇宙企画の制作、ピンク映画の監督等を経て、制作会社4D(フォーディー)に入社し風俗情報AV等を制作。その後、共同経営でカンノン・シネマワークスを立ち上げリアルなエロを引き出す淫乱系ドキュメント派監督として知られる様になる。共同経営者が病気で倒れたため、シネマユニット・ガス(通称GAS)を設立。セルビデオ転換期に「爆乳」を主軸とした作品群をリリースし、爆乳系監督の第一人者となる。