以前、アメリカの軍事裁判に出たことがある。神奈川の座間キャンプにある法廷、ジ ェンキンスさんが立った同じ法廷である。
その一ヶ月ほど前に警視庁の刑事部国際捜査課の警部から私に直接電話があった。 「あなたが撮ったアダルトビデオのことで伺いたいことがある。あなたが撮ったある 人物を裁く裁判があるのだが、米軍の座間キャンプまで来て欲しい。あなたを逮捕す ることはない」 逮捕しないと言っても警察だからなあ。不安がよぎった。 でも威圧的な感じはまったくなかった。
当日最寄りの駅に着くと座間キャンプのスタッフが車で迎えに来てくれた。 座間キャンプで警視庁の警部に会った。刑事らしくないスーツの似合う方だった。 そしてキャンプ座間犯罪捜査司令部捜査官の秘書風の綺麗な日本人女性。 「羊たちの沈黙」のジュディ・フォスターみたいでかっこ良く、それだけでなんだか嬉しかっ た。二人は裁判についての説明をしてくれた。
数年前に私が撮った「六本木レポートOLSEX最前線」(アトラス21)が問題になっていた。主演
女優は聴覚障害の風俗嬢の豹ちゃん。口と耳が不自由な豹ちゃんが男として意識 するのは黒人だという。その企画も彼女の希望で黒人をナンパしてセックスする企画
だった。裁判の被告はそれに出演した男であった。米兵狙いではなかったが朝から探
すとなると米軍基地近くで探すしか術がなかった。その撮影日はたまたま7月4日の アメリカ建国記念日で米軍基地に入ることが出来た。黒人を求めて横田キャンプに入
り、そこでナンパに引っかかったのがその被告であった。
快く承諾してくれた彼は自分の車に我々を乗せラブホテルに向かった。車の中から彼
は自慢を始めた。「I am Big Dig Man(俺はデカチン男だ)」 英語が分からないスタ
ッフも笑っていた。「単純な男だな」口には出さなかったがみんなそう思っていた。
彼も調子に乗ってデカチン話で盛り上がっていく。
ホテルでパンツを下ろして「I am Big Dig Man」 確かにデカイ一物を手で振り回し
ながらシュワルツネッガーのように決まり文句を言う彼にみんな爆笑した。
撮影は無事終了した。面白い作品を作ることができた私はとても満足していた。 しばらくして、そのビデオが米軍キャンプで大流行したというのだ。基地内での撮影 と仲間が出ていたからだろう。ちょうどその頃(95年9月)、沖縄で米兵による少女暴行事件が起 こり、日本国内の世論が“反米”になりかけていた。米軍としては綱紀粛正を しなければならなかったのだろう。彼に支払った撮影の謝礼をアルバイト禁止条項に 当たるとして裁判にかける、見せしめとしての裁判だった。
私が証人として法廷に入るとすでに裁判は始まっていた。証人台で宣誓をさせられ
る。映画そのものだった。職業などを聞かれた後、検事に尋ねられた。「目の前の男
を知ってますか?」(通訳がそう訳してくれる)
制服を着て緊張した顔つきの被告がいた。初めて見る表情だったがBig Dig Manだった。「見たことはありません。知りません」と答えた。最初からそう答えるつもりだった。検事は業を煮やして次の質問をした。「六本木レポートOLSEX最前線」を法廷で流し始めて「この作品はあなたが撮ったのですか? ここに出ているのは目の前の男ではな
いですか?」
法廷でAVなんか流しやがって趣味悪いやつだと思いながら、ホテルでパンツを下ろし
て「I am Big Dig Man」なんか流されたらどうしよう。笑っちゃうよ。と心配したが
さすがにそこまでは流さなかった。その質問でも「目の前の男は知らない」と応じ、
被告の認否に関する質問はその後なくなった。
なぜ「知らない」と言い続けたのか。だって彼のお陰で撮影ができ、恩があったから です。また作品を面白くもしてくれたし。それにまたバカでしょ、彼は。もしこの件 でクビになって本国に強制送還にでもなったら、どんな仕事があるの。あんなバカ雇うところないでしょう。軍隊にいる方がいいでしょう。 可哀相じゃないですか。だから彼を守りたかった。私にできることはしてあげたかった。
「除隊になってしまった」その後しばらくしてBig Dig Manから電話があった。事務
所の近くで会った。彼は肩の力を落として言った。 「裁判ではかばってくれたけど除隊になってしまった。妻にも離婚された。全てを失
ってしまった。俺はアメリカに帰る」
私は彼の人生を変えてしまったのだ。今までも人の人生を変えてしまったことはあ る。ただ今回は当事者のみならず奥さんも不幸にしてしまったのだ。彼には本当に
済まないことをしたと悔やんだ。
私に会いにきた理由は何だったのだろう。彼は私に何も求めなかった。 財布から数枚の万札を差し出すとBig
Dig Manは静かに去って行った。
その後しばらくして、「ファイト!」(幻冬舎)という本がベストセラーになる。豹ちゃんがNYに渡って書いた自伝である。ちなみに豹ちゃんはBig Dig Manの後日談を全く知らないはずである。